【代表インタビュー】お箸屋さんが、山奥の小さなお店で年商2300万円を実現できたわけ
あなたには「伝えたいふるさと」がありますか?
2023年11月11日、ヤマチクがオープンしたファクトリーショップ「拝啓」。そのコンセプトは「お手紙」。お客様が大切な人を思い浮かべながらお箸を選ぶ姿にインスピレーションを受け、お手紙を綴るようにお買い物ができるお店を目指して誕生しました。
オープンから1年。来場者数は1万人を超え、年間売上は2300万円に達するお店へと成長しています。店舗がある熊本県南関町は人口9000人弱の小さな町。観光地でも工芸品の名産地でもありません。
「地元には何もない」「こんな場所でうまくいくわけがない」そんな言葉を跳ね返すように、取り組んだ、社運をかけた挑戦はいま、全国から熱い視線を集める場所へと育ちました。
なぜこれほどの成果を上げることができたのか、代表の山﨑が語ります。
「何もない」街に「自慢したい」可能性を見つけた。
「南関町には、特に何もない」地元の方々が口を揃えて言う言葉です。私も10年前家業に戻ったときにそう思っていました。
そんな考えを改めるきっかけになったのは、2020年のコロナ禍で開催したファクトリーイベントでした。催事など売る場所が減る中、「お客様に直接商品の魅力を伝える機会を自分達で作ろう」と思い立ち、全国の作り手たちに声をかけて企画しました。
色んな意見がある中での開催でしたが、イベントが始まってみると、町内はもちろん、福岡市内や熊本市内からも多くの人が訪れ、来場者は3日間でなんと2,000人以上。
「売れないだろう」と言われていた高額商品も飛ぶように売れ、イベントの総売上は490万円を記録しました。地元の若い人たちが、嬉しそうに買い物をしたり、写真をとったりしている。お箸を作っている職人たちも、お客さんと触れ合えて楽しそう。
そこに見えるのは「何もない南関町」ではなく、「自慢したい南関町」でした。
ヤマチクがおしゃれなお店を作れば、この光景を南関町の「当たり前の風景」にできるかもれしれない。そう考え、南関町にファクトリーショップをつくることに決めました。
ファクトリーショップの勝算は「商圏」と「選択肢」にあり
たった一度のファクトリーイベントから常設店への挑戦。「イベントだから来ただけで、常設のお店に集客するのは無理だ」という声もたくさんありました。でも、僕にはそうではないという確信がありました。
それは、田舎では「モノを買うお金がない」のではなく、「お金を使う選択肢が少ないだけ」だという発見です。
考えてみると、田舎では立派な持ち家を所有し、車も1人1台保有する家庭が少なくありません。さらに、物価の安さや同居家族との生活によって、都会と比べて可処分所得が多いケースも多々あります。ローカルの消費地としての姿は外から見ると貧弱に見えがちですが、実際には都市部にはない隠れた消費ポテンシャルが存在しているのです。
福岡県と熊本県の県境に所在する南関町は、かつて「関所の町」として栄えた交通の要所。現在でも福岡市や熊本市といった九州の主要都市に車で1時間圏内に位置しています。この「車で1時間圏内」まで視野を広げると、約300万人の商圏が存在します。
「9000人」の小さな町で商圏を考えると店舗運営は確かに難しいですが、300万人の商圏があればなんとか成り立つのではないかと考えました。現にイベント時は福岡や熊本市内、佐賀からもお客様がいらしてましたから。
「お箸なんて1回買ったらそう頻繁に買い換えるものではない。事業として成り立つの?」とご指摘を受けたこともありました。
しかし、実際のところヤマチクのお箸は贈り物需要が非常に多いんです。特に田舎では「人と人との繋がりを大切にする文化」が都市部より残っており、贈り物をする機会が頻繁にあります。このニーズにお応えできれば、購入頻度の問題はクリアできるのではと考えました。
これまで、南関町近辺の方々が贈り物を用意する際には、福岡市や熊本市などの大都市まで足を運ぶ必要がありました。そこで「拝啓」では全国の厳選された商品をセレクトし、地元にいながら特別感のある贈り物が揃うという利便性を提供しています。
これに加えて、地元の人々が何度も足を運んでいただけるように、カフェスペースも作りました。「コーヒーを飲みに行くだけ」といった日常的な利用での来店機会を生み出しています。
それにより、普段から足を運べる場所でありながら思い立った時に手土産を買える場所を実現しようと考えたのです。
地元になかった「明日手土産が必要」に応える場所
なぜ「手土産」なのか。
実は、売上の約50%はこの贈り物需要が占めています。誕生日プレゼントや結婚祝いはもちろん、引出物や卒園記念品といった、まとまった数が必要な贈り物まで、多様なシーンでご利用いただいています。地元企業様がお土産や記念品に使いたいとたくさんご購入いただくことも少なくありません。
皆様口々に「せっかく贈るなら、地元のモノを贈りたい」と言ってくださいます。
「顔の見えるつくり手から買いたい」というニーズがあることも追い風になっているようです。
このようにお客様が何を求めてご来店いただいているのかをしっかりと捉えることで、手頃な商品でも大きな売上を生み出しているのです。
お客様が自分のお箸だけを買うことって稀なんです。基本的にはご家族分をまとめてご購入されます。なので1膳あたりの単価は低くても、お客様のご購入金額はそこまで低くありません。
その結果、平均して毎月200万円という売上につながっています。
「田舎だから」は諦める理由にならない
売上といえば、SNSで毎月売上報告をしていることについてよく驚かれますが、あの発信は、田舎でもきちんとビジネスが成り立つことを示すため、いわば田舎者の意地です。
南関町に限らず「田舎だから」という理由で可能性を諦めてしまう人は少なくありません。
1.コンテンツ、2.商品力、3丁寧な接客、4.居心地の良い空間
この4つがあれば、田舎でも、観光地でなくても、売上が作れると証明したいんです。実際、そのような地域の方が大多数なわけですから。
今では「地元の方にも、遠くから来られる方にも愛されているお店」として全国のローカルプレイヤーから一目置かれる存在になっています。遠方からわざわざ視察にいらっしゃる方も多くいらっしゃいますが、みなさん「うちよりも田舎」と驚かれています(笑)。
とはいえ、ここまでの道のりが平坦だったわけでは、まったくありません。開業から最初の2ヶ月は地元の人がほぼ来られませんでした。
「地元の人、特に若い方の自慢になるような場所」を目指してお店を作ったのに。
犬の散歩をしながら近所の方にチラシを配ったり、ポイントカードをつくってみたりしたのですが、それでも効果は劇的には上がりませんでした。これには内心焦っていました。
潮目が変わったのは2024年のお正月でした。
帰省した方たちが「インスタでみたけどこの近くのお箸屋さんがお店出したんでしょ?東京とかにも置いてあって有名だよ」と地元の人に話してくれたようです。その口コミを聞いてお孫さんや親戚の方と一緒にご来店いただく方が増えました。
地元が褒められているのはどんな形であれ嬉しいものです。まちの外からの評価で、地元のお客様にきていただけるようになり、その後もゴールデンウイーク・お盆なんかも多くのお客様にお越しいただきました。
今ではポイントカードもよく機能しています。500円につき1ポイントとすぐ貯まるし、20個貯まると500円off、つまり5%の高還元率なので地元の人たちにとても喜ばれます。前回の来店日が記録されているので「2週間前もいらしてくださったんですね」などお客様とのコミュニケーションのきっかけにもなっています。
スタッフと作る、お手紙のようなコミュニケーション
お客様のコミュニケーションを担う人員の確保も大変だったことの一つ。お店の空気感や雰囲気を作っていくのはスタッフさんです。誰でも良いわけではないので本当に苦労しました。
最初は人手が全く足りず、土日の営業日には私も店頭に出ていました。平日出張に行って、土日祝日はお店に立つみたいな感じで。つくり手さん達もお店番を手伝ってくれました。今では素敵なスタッフが4名入り、ようやく運営が安定しています。
お客様からもスタッフの丁寧な接客を良く褒めていただくようになりました。お客様のご要望にできるだけ対応したいと知恵を絞っていますし、出張先でお取り扱いブランド様の商品説明を録音して「拝啓」の接客に活用するなど、本当に熱心です。
お手紙をコンセプトにしたからこそ、手紙のような「非効率」なコミュニケーションを大切にしています。
実は店内には余計なポップがなく、お箸もセレクト商品もスタッフの説明を受けないと「買いにくい」ようになっているんです。わざわざ私たちから購入していただくからには、きちんと説明を受けてから購入してほしいと思っています。拝啓は、モノに込められた思いや生産背景を伝える、ヤマチクからのお手紙でもありますから。
お客様もそのコミュニケーションを楽しんでいただいているからこそ、何度も足を運んでくれているのだと思います。
「ローカル希望の地」を目指して
決して順風満帆ではなかったものの、ここまで歩んでこれた拝啓がこの先に目指しているのは、「何もない場所」を、人々がわざわざ訪れたくなる「目的地」にすることです。
繰り返しになりますが、かつてこの町は、関所として多くの人が立ち寄る場所でした。しかし今では、「高速の南関インターなら知っている」「通り過ぎるだけ」という印象が強くなっています。だからこそ、福岡や熊本市内への移動の途中で「ここに立ち寄りたい」と思ってもらえるようなお店にしたいです。加えて、ローカルから世界に挑戦するきっかけと勇気を与える場所になりたいと思っています。
世界に通用する技術や魅力的なコンテンツは、実はローカルの方がたくさんあります。でもそれを活かせない理由は、「消費体験の不足」だと私は考えています。
自分がお客様としてお金を払うモノやサービスの種類が圧倒的に少ない。そのため価値基準が狭くなってしまい、適正価格を見出せずに安価にしてしまうことも多いのです。
拝啓を、「こうしたデザインや機能を持つ商品には、このくらいの価値があるのか」と学べる場所にもしたいと考えています。ものを作るだけではなく、その価値をしっかり伝えることが、これからのものづくりに必要な姿勢。これが「ただ作るだけ」に留まらない、進化したものづくりだということを、全国のつくり手やローカルプレイヤーに伝えていきたいです。
ローカルで挑戦し、戦える人を増やさないと本当の意味での地方創生は実現しません。
「自分たちもできるんじゃないか」と勇気を与えられるように。ヤマチクが南関町で成果を出すことで、「拝啓」を「ローカルの希望の地」にしていきます。
取材日:2024年11月15日 ライター:酒見夕貴
編集後記
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